50代後半、静かな図書館員の恋再来

 50代後半になった私にとって、恋愛はもう遠い昔の話だと思っていました。
子供は既に成人し、独立してそれぞれの道を歩んでいます。
離婚してから十数年、家には私一人が暮らしており、朝起きて小さな庭を眺めながらお茶をすするのが日課です。
生活は決して派手ではありませんが、中小企業の事務職を退職してから始めたパートの図書館勤務は、自分のペースで働ける落ち着いた環境です。
蔵書整理の合間に好きな本の背表紙を眺める時間は、静かで豊かなひとときです。

 近頃は膝関節に軽い痛みがあり、階段の昇り降りは少し慎重になります。
それでも週に一度通うヨガ教室は、私の身体と心をゆるやかに整えてくれます。
控えめな性格だとは思いますが、内側にはまだ新しいものを知りたいという好奇心が残っていると感じます。
スマートフォンを使って簡単なメールやニュースチェックはできるものの、SNSは今ひとつ慣れません。
けれど、オンライン講座やZoomの読書会には参加してみる程度には、テクノロジーとの折り合いもつけています。

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新たな出会いと戸惑い

 そんな私が最近、オンライン上で顔を合わせるようになったのは、図書館主催の読書サークルでした。
以前は対面で行われていたその会が、コロナ禍を機にZoom開催へと移行し、そこには同年代の参加者がちらほらいます。
ある日の読書会、画面越しに穏やかな笑顔を浮かべる男性がいました。
決して派手な印象ではありません。
どちらかといえば地味な服装で、落ち着いた声色で短い感想を述べる人でしたが、その言葉には本や人生への深い愛情が感じられました。

 終了後、サークルの事務局から回ってきたメールで、参加者同士が希望すれば個別の意見交換ができると知りました。
その男性が発案者の一人だったようです。
多少の戸惑いを覚えつつも、私は彼に「読書リストをシェアしたい」と返事をしました。
この年齢で新たに個人的なつながりを試みることは、ほんの少し怖く、しかし同時にわくわくするものでした。

オンラインから対面へ

 やりとりはメールから始まりました。
彼は同世代で、かつては大学で教鞭をとっていたそうです。
今は半ばリタイア状態で、古い文芸書や歴史書を愛読しているとのこと。
私も図書館勤務で手にする本の話題や、最近読んだエッセイについて意見を交わしました。
気づけば、定期的に画面越しの雑談を楽しむようになり、次第に対面でお茶をしようという流れになりました。

 待ち合わせたのは、図書館近くの小さな喫茶店。
若い頃のデートのような華やぎはなく、どちらもごく普通の装いでした。
しかし、実際に隣の席に座り、同じ空気を吸いながら話をすることで、オンラインで感じていた彼の人柄がさらに暖かく私に伝わってきました。
年齢を重ねれば、自然と身につく落ち着きや、無理をしない素直さ。
そんな部分が、会話を静かに彩ってくれたのです。

ゆっくりと広がる可能性

 彼との関係は、いまだゆるやかな始まりに過ぎません。
それでも、子育てが終わり、離婚を経験し、一人で家を守り続けてきた私にとって、この出会いは「また誰かと気持ちを分かち合うこと」への第一歩です。
軽い関節痛も、静かな図書館での作業も、ヨガ教室でのポーズも、そしてオンライン読書会での会話も、すべてが私の今を支えています。

 恋愛と呼ぶには、もしかしたら少し大袈裟かもしれません。
けれど、50代後半を迎えた私が、ひとりの人間に対して「もう少し知りたい」と思える気持ちは、確かに新鮮です。
大人だからこそ許される、ゆるやかな距離感の中で、もう少しだけこの温かな時間を味わってみようと思います。

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